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第12回隠居「安兵衛」 ミニホームコンサートのお知らせ

第12回 ミニホームコンサート
クリスマスコンサート in 六合
Kuni Weihnachtskonzert





























日時  2011.12.25 (日)  PM5:00 開場  5:30 開演

出演 須崎昌枝(コントラバス) 和田篤子(ピアノ)

場所 隠居「安兵衛」 TEL 0279-95-5568

会費 大人(高校生以上) 2000円  中学生以下は無料



プログラム

1.J・S・バッハ: G線上のアリア
2.M・ラヴェル: 亡き皇女のためのパヴァーヌ
3.G・ボッテシーニ: カプリッチョ ディ ブラヴーラ

休憩
4.S・クーセヴィッキー: コンチェルト
5.ビートルズ: イエスタデイ
6.中田喜直: 雪の降る町を
7.山田耕筰: ペチカ




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山本茂の”震災ボランティア奮闘記”(最終回)

















震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記・・・最終回となります。


第三回目は、先ずガレキの撤去に始まり、次いで仮設住宅への野菜配布と慰問に回る。持参したジャガイモ、玉ねぎ、キャベツなどを、約二百二十戸分のビニール袋に分け、学生と共に一軒一軒回る。

最初は百七十戸余りの大団地で、小さなこどもの元気な様子も見られ、四か月を過ぎてようやく明るい生活が戻りつつあるのかなと思われた。ある女性が玄関先に出てきていたので挨拶をすると、その後のことを次々に話してくれた。

今はすべてを失って何もない中からの出発であること、夫を五十六才で亡くしたが、その悲しみを越す今回の災害で、夫にはこんなに辛い思いをさせなくてよかったと言われた。

何もない中、楽しみのミョウガが食べごろになったので、採りに行くと誰かに盗られなくなっていた。仙台の娘にこの悔しさを話すと、「お母さん、誰かがおいしく食べてくれたら、それでいいじゃないの。」と言われ、ハッと気づいたこと。

以前はティッシュを三枚で汚れを取り、鼻をかんでいたが、今は一枚で大事に使っていること、こんな大変な重い話を、とても明るい笑顔で大きな声で笑い飛ばしてくれました。

たまたま私と同じ年(七十三才)だと聞き、その若さと元気さに、こちらが励まされたほどである。

今回の岩手・山田町への支援訪問でつよく感じたのは、この大災害に遭って果たしてどうやって立ち直るのか、とても心配だった。

しかし地元では、一歩一歩ではあるが、復興の息吹が感じられ、また私たち自身が、もっともっと身近なこととして真剣に息長く支援の気持ちを持ち続けなければと思った。


完。


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山本茂の”震災ボランティア奮闘記”(その3)

















震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記の続編です。


その二ヶ月後(七月末)に近くまで行ったので、バラの木を見に寄ると四十センチほどに伸びた元気な姿がみられて安心した。

また、反対側の隣の家は、ガレキがそのままになっていて家主と思われる七十過ぎのおばさんは、道路の側に立ち、失われた我が家の姿を思い描き、災害前の生活を思い浮かべているようだった。

きっと避難先にいても落ち着かず、元の生活の場を確かめに来るだろうと思われた。また、すぐ近くの山手には、自分の住居跡に軽ワゴンを置きテントを張り、テーブルを置いて、何人かで飲んだと思われるコップやペットボトルがそのままになっていた。

避難所でバラバラになって避難していても、やはり元の仲間を求めてここに集まり、互いに絆を確かめあうのだろう。

三回目の朝、このテント前にバスが来て乗り込む時に見ると、テントは二重張りの立派なものに変っていた。
その前には、仮設住宅の道案内をしてくれた日焼けした小柄なおじさんが立っていた。

どうやらテントの持ち主と分かり、「こんな近くに住んでいたなら、飲みに来りゃーよかった!」と残念な思いで、群大クラブのTシャツを記念にあげ写真を撮って別れた。


つづく。


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山本茂の”震災ボランティア奮闘記”(その2)

















震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記の続編です。


山田町のボランティアセンターに着くと、すぐカップラーメンとパンの朝食をとりセンター職員(社協)の指示を待つ。

センターには様々な支援要請が入っていて、支援者の人数や能力に応じて現地に派遣される。現地に着くと家主が待っていて、指示を受けながらガレキ撤去を行う。

初日は一日漁師の倉庫の片づけを行う。土のうの袋に持ち運び可能な二十キロくらいのガレキをつめ、歩道側に出す。トタン・鉄類等は一か所に集める。これを繰り返し、ダンプが集荷に来ると積み込みも行う。

二日目は、一か所目を終了した後、他のグループのところへ集中して、予定外の広い住宅のガレキをきれいに撤去できた。

二日間のガレキ撤去をして、様々な思いが頭の中をよぎっていった。

山田町は地震・津波・火災と、三重の災害にあったところであり、同じ地区でも、わずか数メートルの道路を隔てて、津波は押し寄せたが、原型がほぼ満足に残っている家もあり、はっきりと明暗を分けた。

二回目(五月)の午前中、ガレキ撤去の作業をしていると、すぐ隣の六十過ぎと思われる男性が来て、「ここを踏まないように気をつけて!」と言って指さす。

見るとわずか二十センチくらいに伸びたバラの新芽が、小石に囲まれてあった。恐らく地震・津波・火災で太い幹は焼け、その根元から新芽がふき出したものと思われた。

この大災害ですべてを失った中、唯一以前の思い出となる、大切な息吹を感じさせるものに違いない。


つづく。


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山本茂の”震災ボランティア奮闘記”(その1)

















震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01本日より、六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記をお送りします。


今回の東日本大震災の惨状は、想像を絶するものだった。
連日のように、防波堤を乗り越えて家・車・田畑をゴミのようにのみ込み、押し流していく映像を見て、とても信じられない気持だった。

そんな時、六合の入山を合宿の拠点にしているNPO法人「群大クラブ」から入山小を岩手県山田町の被災者受け入れの場所にしたらという話があり、町や地域の協力を得てその体制は整った。

しかし現実には、その申し出がなかった。

そこで、「群大クラブ」の先生の友人がいる山田町に災害支援ボランティアで行くことになった。第一回目は参加できなかったが、三月末の焼きそばの提供(1000食)だった。

第二回目は、五月末の二泊三日のガレキ撤去であった。
長靴の底にクギを踏んでも踏みぬけないものを敷皮にしてということで、ノコギリ・鉈(なた)・寝袋持参で参加した。

前橋から遠野・釜石・大槌を通って九時間、海岸線に出ると入江という入江から川ぞいの市街地は、建物・車・船等様々なもののガレキが至るところに打ち寄せられ、集積された山となっていた。

あまりの惨状にここに町があり、人の生活があったとは思われないひどさである。

つづく。


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Author:ULTRA魂
来る高齢化社会の本格化を前に元気な大人を増やそうと日々、奮闘中!! インターネットを通じて、イベントを季節ごとに開催。!(^^)!ご参加お気軽に。

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