FC2ブログ
赤城高原に、大切な友人と出掛けた午後の空です。

彼女は聡明で知的な女性。もう少しで十年のお付き合いになりますが、年上の私の方が頼りにしている心強いパートナー。

一緒に居ると役割のようなものをお互いが自然と担い、旅行をしても、買い物に行っても、食事に出掛けても、真面目な話をするか笑い転げているかのどちらか。

私にとっては、ちょうど、この高原の空のように、気負わずに深呼吸出来る大切な友人です。

今日は彼女のお誕生日♪これからもずっと、あなたらしく素敵に年齢を重ねてね。そして何年経っても一緒に笑いながら人生を謳歌しましょう!お誕生日おめでとう♪

(原文のまま)

★おめでとうございます。
2008.07.28 Mon l 空コン l コメント (0) l top
仕事を終えて、夏休み中の子どもたちと一緒に久しぶりの実家に来ています。

その風景と自身の気持ちだけはあの時のままなのですが、冷静に周りをみれば、時は確実に進んでいます。

ここを離れてどれくらい経つのだろう…。

いろいろな土地へ行った。
結婚して授かった子どもたちも生意気になり、成長する一方で親は確実に年老いてゆく…。

いい年をして夢の実現に夢中になっていたら、家庭環境が複雑化してきた。

その責任は充分に承知の上で始めた事だから…

全うしたい。

できることすべてをやって…。
2008.07.27 Sun l 想い l コメント (0) l top
朝一番の空に浮かんだ月は、水滴のように頼りなげで、ぼんやりと所在ない。

夏至が過ぎて、昼はこれから少しずつ、けれど確実に短くなってゆく。

まだまだ暑い日は、これから暫く続くのに、早朝の空に浮かぶ月だけ見ていると暦の上では秋に向かっているのだと思わずにはいられない。

通学路を走る学生の自転車に出会わなくなって一週間…この次再び彼等に出くわす朝を迎える時分には、秋の気配を感じる季節になる。

今日も賑やかな蝉の合唱が聞こえる1日となるだろう。

夏が本番を迎えると、もう秋はすぐそこだ。

涼やかな秋風に思いを馳せ、今日も汗だくで自転車を漕ぐ。

水分をしっかり摂取して、熱中症対策は確実に…。
(原文のまま)
2008.07.27 Sun l 空コン l コメント (0) l top
駅のホームで大荷物を抱えて、ベンチに座っている女の子2人に会いました。

聞けば姉妹で「おばあちゃんに会いに行くの」とはにかみながら妹。お姉ちゃんは少し警戒気味にこちらを伺って、私が怪しい者でないことを確認すると、安心したのか妹にペットボトルの麦茶を渡し、「駅まで叔父さんが迎えに来てくれてるので大丈夫です。」と毅然とした、けれど人懐っこい笑顔を見せてくれました。

物騒な世の中ですが、兄弟姉妹だけの2人旅は、確実に子供を成長させてくれる筈です。

「気を付けてね」と声を掛けて2人と別れたあと電車に揺られながら、「となりのトトロ」の姉妹を思い出していました。

しっかり者の五月ちゃんと無邪気なメイちゃん…2人が有意義で楽しい夏休みを過ごせますように…。

(原文のまま)
2008.07.26 Sat l 空コン l コメント (0) l top
このところの夕立で、毎朝異常に蒸し暑い。寝苦しさで目を覚ますと、太陽は睡眠不足などお構いなしに「どうだ!」と得意顔で照りつけている。


連日の陽射しでトウモロコシは甘いそうだ。「野菜が豊富な夏ね」と妻が言う。

彼女はこの春からいじり始めた糠床をかき混ぜるのに夢中で、糠漬けの出来に一喜一憂している。


朝起きて、妻のこしらえた朝食に茗荷や胡瓜や茄子の糠漬けが並んでいる、こんな平凡な日常を「幸せな食卓」と呼ぶのかも知れない。


(原文のまま)
2008.07.25 Fri l 空コン l コメント (0) l top
色んな空を見ています。見上げる空は一瞬たりとも同じ姿を留めていなくて、時間の経過をその都度感じます。

大切な友人が海外から帰国して、再び海の向こうの人となります。

あの人が幸せであることを願い、空の下で目を閉じます。


次に会えるのは、どれくらい先の事になるかわからないけれど…見上げる空はきっと、海の向こうのあの人と繋がっているから…また一緒に頑張ろうね、って約束して見送ります。

たくさんの抱えきれない程の想いを胸に、夏空の下で手を振り帰路に着きました。

一瞬一瞬を大切に、人生を歩みたいと思いながら…。

(原文のまま。)
2008.07.25 Fri l 空コン l コメント (0) l top
身近にいる偉人に、祖父がいる。偉人というか、俺の中では生涯決して乗り越える事が出来そうにない偉大な「男」だ。

夏生まれのじいちゃんは夏に逝った。

竹馬に乗れるようになれたのも、蚊帳を張ってくれたのも、力強い腕で肩車をしてくれたのも、釜あげで生醤油とネギだけで食らうのうどんの旨さを味あわせてくれたのも、虫や草木の名を面白おかしく教えてくれたのも、みんな俺にとってはじいちゃんだった。

大正元年生まれのじいちゃんはいつも温厚で、厳しさよりも朗らかな男で居続ける事の偉大さを、孫だった俺に強烈に印象付けた。何より争い事が大嫌いだった。

そんな、孫からみたらひたすら優しい身の置き所だったじいちゃんから、後にも先にもたった一度だけ、静かに叱責された事がある。

兄妹喧嘩の度が過ぎて、向かって来た妹の手を払った瞬間、よろけた妹が床柱に頭をぶつけてコブをつくり泣き出した。

暑い夏休みの夕方だった。妹はひとしきり泣いて、これでもかと泣きじゃくった後、例によってじいちゃんに、事の次第を言い付けに庭続きの畑に向かった。勿論彼女に都合の良いように脚色された「兄妹喧嘩」の一部始終を。

間もなく野良仕事から戻ったじいちゃんは、地下足袋のまま縁側から家に入ると、何も言わぬまま居間にいた俺を庭に放り出した。文字通り「放り出した」のだ。軽く宙を舞って、縁側先の朝顔の鉢植えを、2〜3転がして体が止まった。

じいちゃんは何も言わずに俺を見ていた。怒りと悲しみの入り混じった眼で、しばらく俺を見ていた。俺の頭の中には、妹に対する苛立ちと、事の詳細を聴かぬまま俺をこんな、どうしょうもない気持ちにさせるじいちゃんに対しての悔しさしかなかったように思う。ひたすら歯を食いしばって泣くまいとしていた。


しばらくしてじいちゃんは俺に言った。「お前は自分より弱い者に手をあげる卑怯者か」と。じいちゃんが言った「卑怯者」という言葉の響きに、どんなにじいちゃんを落胆させてしまったのか、じいちゃんが失望したのかに思い至った俺は、おそらく妹以上に泣きじゃくったのだろう…言い訳も、説明も言葉にはならなかった。

大袈裟に言うならば、大好きな人からの信頼を失った人生で最初の経験だった。

俺は父親でなく、じいちゃんに育てられたも同然だったので、一番身近な大人の男の手本は常にじいちゃんだった。

どれくらい泣いていたのか、じいちゃんも縁側でどれほどの時間、仁王立ちしてたのか…暫くすると蝉時雨に呼応するように、雷鳴が轟き出した。風が埃っぽさを巻き上げて、夕立来るのに、そう時間はかからなかったように思う。


雷の腹の底に響くような音も、稲妻の辺りを鮮やかに照らす閃光も、不思議と怖くなかった。その時の俺には「じいちゃんに見捨てられる事」が、何よりも恐怖だった。


その後の出来事は、あまり覚えていない。暫くの間、妹と言葉を交わさなかった事位しか、どんなに思い出そうとしても思い出せずにいる。

じいちゃんが逝って七年が過ぎた。今でも雷鳴を轟かせながら夕立が来ると、じいちゃんを思い出さずにいられない。


俺にとってじいちゃんは、大切な人生の先輩で、俺自身の価値基準のベースになった男で、雷よりもおっかないのに、夏が巡る度会いたくてたまらなくなる一番大事な家族だ。

(原文のまま。)


★私が困難な状況に陥った時に思うのは、こころの中で尊敬する、あの人だったらこの場面でどーするだろうか。という問い掛けです。自身、尊敬する人を多くもつことは、確実に人としての幅が拡がります。こころの在り方ひとつで今までと違った見方ができるものです。 m
2008.07.24 Thu l 空コン l コメント (0) l top
どんなに世の中が便利になっても、どれだけ他者との繋がりが希薄になったと巷で騒がれようとも、行き着く最後にあるものは「大切な人達との関わり」だと心の何処かで信じている自分がいる。

穏やかでないニュースに翻弄される毎日ではあるが、金八先生を志し、コネ無し自力で教育界へ飛び込んだ教員も、親を刺殺せずに極々普通に、ともすれば脳天気に青春を謳歌している十代の学生も、自分の周囲にはたくさん存在している。

確かに凶悪犯罪や世代的に理解の範疇を超えた事件は、ここ数十年増加傾向にある。

しかしながら自分は、人間一人一人の「善」、性善説を信じているのだ。生まれながらの悪人は存在しないと、これからも信じて居たいのだ。

そして「人を教え育む事が出来るのはやはり人間である」ことから、自分の命ある内は、周囲を大切に育んで行きたいと、常々考えている。

不思議な事に若年層に誠実に接していると、教えているつもりが教えられる事になったり、育んでいるつもりが逆に大切に慈しまれていたりするが事がしばしばある。

結局、年齢でも性別でも環境でもなく、ましてや社会的優劣などでは決してない処で、人と人とは一番誠実に結び付き合えたりするのだと、私は日々経験し教えられている。

乱暴な物言いではあるが、かつて人種差別撤廃のシュプレヒコールが「皮一枚剥げば何人も人であることに変わりなし」だったように、日本人としてのアイデンティティも、「筍の皮を剥いて最後に残る可食部」のごとく個々体差はあっても、自分等現代人の心底には、必ず存在しているはずだと思うのだ。

身の回りの、誰を愛しんで、何を大切にし、どの方向へ自らを向けて歩いて行くのかを、敢えて考え口にするなど…恥ずかしさも手伝い、煩わしささえ感じるかもしれないが、こんな時代を生きる今の自分等だからこそ、「君が大切だ」と、「自分はこうありたい」と、「掛け替えのないものはぞんざいに扱わない」と、声に出して伝え確認する必要があるように感じる。

子供達に、周囲の大切な人達に、お世話になっている関わりのある人々に、敢えて伝えよう。心の中で確認しよう。

あなたの心の在り方一つで、取り組み方で、小さな事から大きな物まで少しずつでも変化は起こせるのだから。

自分達の未来は今の自分達が、その基礎を築いているのだから。

「あおそら施療室」さん、いつもお世話になっております。あなた方に施術して戴くおかげで、自分はまたこうして一週間頑張れました。自分の腰を大切に労ってくれてありがとうございます。これからも、どうぞ益々のご発展をお祈り致しております…。

ほらね、少しこそばゆくても、そんなに窮屈な事ではないんだよ。

人との関わりは、希薄にせずに大切に育んで行きましょう。

(原文のまま。)

★Yさん、こちらこそお世話になっております。あつい想いをありがとうございました。共感します。これからの時代、キーワードとなるものは「愛」とか「絆」とかクールにキメルにはちょっと邪魔となるような単語が必要とされてくるのではないかという気がします。こころの豊かさ。それを求めて魂は今日も旅をする。
セラピストm
2008.07.23 Wed l 空コン l コメント (0) l top
私は公共の交通機関を極力利用するように心掛けている。

ご存知だろうか?最近のバスが、アイドリングをせずに走り始めて居ることを…。

このバスは見事なまでの『青』をしている。ぬけるような青い空の色。停留所の乗降や、数秒の僅かな信号待ちの間さえエンジンが止まる。

私には空色のバスの運転手は少しだけ誇らしく見える。そして空色のバスを利用する乗客も。

多くの自家用車が街道を埋め尽くす中、道を歩いていて空色のバスを見かけると、思わず微笑んでいる自分がいる。

このバスは地球の、人々の、かけがえのない未来に、確実に繋がっているから…。

地球に優しい空色のバスを見掛けたら、少しの時間エコロジーに関して、私達ひとりひとりが何を取り組めるのかを、考えていただきたい。


(原文のまま)


★やり方次第で街全体が変わると思います。特に駅周辺の中心街はもっと歩道や自転車道を楽しく飾ってきちんと整備すれば、活性化の第一歩になる気がします。自動車王国我が県の一世帯あたりの所有台数は普通ではないし、医療費を削減させる為にも、うまく「自分の足」をつかう機会
2008.07.22 Tue l 空コン l コメント (0) l top
私のパートナーが撮影した空の写真です。

彼の瞳に今日の夏空は、こんなふうに映るんだなぁ…と最近なかなか時間が取れずに、お互いすれ違ってばかりでしたが、一緒にいられなくとも「あぁ変わらずに居てくれてるんだな」とホッとしました(笑)。

誰かと長い歳月を過ごすという事は、楽しい事ばかりではないわけで…当然至極ながら「空気のような存在」に至るまでには目に見えないお互いの努力があって、譲り合ったり、認め合ったり、妥協しあったり(笑)…そんなふうに一緒に年老いて行くのだなぁと、近年しみじみ思います。私も歳をとりました。明後日またひとつ、齢を重ね大人になります…なる筈です(笑)。

おじいとおばあになっても、縁側で仲良く麦茶を元気にゴクゴク飲んで笑い合う、そんな老後の夏が良いですね…おっと、あなたは老いてもコカ・コーラでしたっけ(笑)。

(原文のまま。)


★7月15日に送ってもらったものです。遅くなりましたが…お誕生日おめでとうございます。
セラピストm
2008.07.22 Tue l 空コン l コメント (0) l top