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震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記・・・最終回となります。


第三回目は、先ずガレキの撤去に始まり、次いで仮設住宅への野菜配布と慰問に回る。持参したジャガイモ、玉ねぎ、キャベツなどを、約二百二十戸分のビニール袋に分け、学生と共に一軒一軒回る。

最初は百七十戸余りの大団地で、小さなこどもの元気な様子も見られ、四か月を過ぎてようやく明るい生活が戻りつつあるのかなと思われた。ある女性が玄関先に出てきていたので挨拶をすると、その後のことを次々に話してくれた。

今はすべてを失って何もない中からの出発であること、夫を五十六才で亡くしたが、その悲しみを越す今回の災害で、夫にはこんなに辛い思いをさせなくてよかったと言われた。

何もない中、楽しみのミョウガが食べごろになったので、採りに行くと誰かに盗られなくなっていた。仙台の娘にこの悔しさを話すと、「お母さん、誰かがおいしく食べてくれたら、それでいいじゃないの。」と言われ、ハッと気づいたこと。

以前はティッシュを三枚で汚れを取り、鼻をかんでいたが、今は一枚で大事に使っていること、こんな大変な重い話を、とても明るい笑顔で大きな声で笑い飛ばしてくれました。

たまたま私と同じ年(七十三才)だと聞き、その若さと元気さに、こちらが励まされたほどである。

今回の岩手・山田町への支援訪問でつよく感じたのは、この大災害に遭って果たしてどうやって立ち直るのか、とても心配だった。

しかし地元では、一歩一歩ではあるが、復興の息吹が感じられ、また私たち自身が、もっともっと身近なこととして真剣に息長く支援の気持ちを持ち続けなければと思った。


完。


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2011.11.18 Fri l 六合村 l コメント (0) l top

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