FC2ブログ
















震災から半年・・・岩手県 山田町へ
ガレキの山・・・いまだ目を覆う惨状


face01六合の山本茂さんが実際、体験して書かれた震災ボランティア奮闘記の続編です。


山田町のボランティアセンターに着くと、すぐカップラーメンとパンの朝食をとりセンター職員(社協)の指示を待つ。

センターには様々な支援要請が入っていて、支援者の人数や能力に応じて現地に派遣される。現地に着くと家主が待っていて、指示を受けながらガレキ撤去を行う。

初日は一日漁師の倉庫の片づけを行う。土のうの袋に持ち運び可能な二十キロくらいのガレキをつめ、歩道側に出す。トタン・鉄類等は一か所に集める。これを繰り返し、ダンプが集荷に来ると積み込みも行う。

二日目は、一か所目を終了した後、他のグループのところへ集中して、予定外の広い住宅のガレキをきれいに撤去できた。

二日間のガレキ撤去をして、様々な思いが頭の中をよぎっていった。

山田町は地震・津波・火災と、三重の災害にあったところであり、同じ地区でも、わずか数メートルの道路を隔てて、津波は押し寄せたが、原型がほぼ満足に残っている家もあり、はっきりと明暗を分けた。

二回目(五月)の午前中、ガレキ撤去の作業をしていると、すぐ隣の六十過ぎと思われる男性が来て、「ここを踏まないように気をつけて!」と言って指さす。

見るとわずか二十センチくらいに伸びたバラの新芽が、小石に囲まれてあった。恐らく地震・津波・火災で太い幹は焼け、その根元から新芽がふき出したものと思われた。

この大災害ですべてを失った中、唯一以前の思い出となる、大切な息吹を感じさせるものに違いない。


つづく。


にほんブログ村 リラクゼーション
関連記事
スポンサーサイト



2011.11.15 Tue l 六合村 l コメント (0) l top

コメント

コメントの投稿