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横浜市 石井美千代さんの書いた ”品田光美さんへのオマージュ”3回忌を迎え、再開致します。


品田光美さんへのオマージュ(その9)

次にあったのが一ヵ月後の3月19日。 東京千駄木のペチコートレーンで、杉山美笛さんとのジョイントライブ。

冷たい雨のなか、花束を用意して五十嵐さんと行く。ここはなんとワンドリンクつきの900円。

前から二列目の特等席をゲット。品田さんが母娘らしい二人を連れて雨に濡れて入ってきた。黒のダークスーツに黒の帽子で相変わらずのダンディぶりだ。私の前に座り、杉山さんのギターと歌を聞く。

満員で身動きもままならない席から彼の写真を撮る。このとき苦労して撮った写真は彼が「ベストショット」だといって気に入ってくれた。後日この写真は大きく伸ばしてプレゼント。

この間メールと手紙のやり取りが続く。

そして季節は巡りまた夏がきて、今年の夏も昨年と同じ中之沢美術館でペンギンミーティングが開催されるので、お会いできればと手紙を出した。 

すると前橋大島の駅まで迎えに行きますとのうれしい返事が届いた。


つづく。

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2011.07.18 Mon l オマージュ l コメント (0) l top
横浜市 石井美千代さんの書いた ”品田光美さんへのオマージュ”3回忌を迎え、再開致します。


品田光美さんへのオマージュ(その8)
有楽町の駅で会ったときからずっと大事そうに抱えていた風呂敷包みを開きながら「はい、これお土産!」と、沼田市の老舗の大根のたまり漬けをくれた。

なんだか可笑しくてつい笑ってしまった。あんまり大事そうに抱えていたのでよほど大切なものか、壊れ物でも包んであるのだろうと、勝手に想像していたから。

彼にはパンフルートのCD3枚組、トニー・オコーナー、ウインダム・ヒルのCDと星野道夫の「ノーザンライツ」の本をプレゼント。
西日が差し込んできた。随分と長い時間話し込んでいたが、いったい何をあんなにも語り合っていたのだろう。

間違いないのは音楽談義ばかりをしていたことだ。
JRの首都圏フリーパスを利用して上京してきた彼は、どこかJRの駅に出た方が助かるというので、また地下鉄に乗り恵比寿駅で又の再会を約束してここで別れた。

その日のうちにメールで「今回の上京はいつもと違う見方ができた(いつも一人で見るが二人だったので)そして御巣鷹山に一緒に行くのを愉しみにしています。」ときた。


つづく。

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2011.07.17 Sun l オマージュ l コメント (0) l top
横浜市 Iさんの書いた ”品田光美さんへのオマージュ”3回忌を迎え、再開致します。


品田光美さんへのオマージュ(その7)

翌年の2月21日に半年振りに再会。品田さんの友人の娘さんの童画の個展が銀座教会ギャラリーで開催中との事で、ご一緒しませんかと誘ってくれたのだ。

待ち合わせは有楽町の交通会館近くの有楽町駅京橋口の改札口に10時。
ところが思いもかけないアクシデント(宇都宮線事故)で約束の時間に行けそうもないからと、ひんぱんにユーモアたっぷりのメールを寄こしてくれた。

愉しいメールのおかげで待つのも苦にならず、結局一時間ほど遅れて改札口に現れた。

改札を出て人がいっぱい行き交う雑踏の中で「やぁ、お久しぶりです。遅くなってごめんね。」と、言いながらいきなりのハグにどぎまぎしてしまった。

例のごとく肩にはデジタルフォンの入ったケースを架け、なにやら大切そうに風呂敷包みを抱えている。

二人並んで初めての銀ブラで、銀座一丁目にある「銀座教会ギャラリィエルピス」へ行く。

友人の娘さんだという住田一夢さんのファンタジックな童画と、藤岡市在住の石塚奇仙さんの陶芸と詩を見て歩く。

次に地下鉄で六本木へ出て、サントリー美術館の「ロートレック展」と「横山大観展」を見る。

ほの暗い館内でなにやら私の耳元に話しかけてくれるのだが、私には一切聞こえないのがとても悲しい。

彼はなかなか美術に造詣が深い人とお見受けした。

今度は新国立美術館へと私がお誘いする。
ここは私が所持する障害者手帳で二人とも無料。

「フェルメール展」を見たあと喫茶店に入る。


つづく。

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2011.07.04 Mon l オマージュ l コメント (0) l top
横浜市 Iさんの書いた ”品田光美さんへのオマージュ”3回忌を迎え、再開致します。


品田光美さんへのオマージュ(その6)

彼のレパートリーは約二千曲もあると聞いてびっくり。
たった一人の観客のために次から次ぎへと真摯に演奏してくれるその熱演に心打たれる思いだった。

「ふるさと」 「千の風になって」 「見上げてごらん夜の星を」 「夜明けのスキャット」 「虹の彼方へ」 「大きな古時計」 その他曲名はわすれたけれど、私ひとりだけのための「星空のコンサート」は、今振り返ってみても最高に素敵でぜいたくなプレゼントだった。

彼の人に対するやわらかなまなざしに、誠実な優しさを感じて心の波長が合った。そろそろ時間になり、宿の車が迎えに来た。慌てて名刺交換し、その名刺を見て思わず「えーっ!」 と大きな声がでた。

なんと私の父と同じ名前だ。そして私の名前の美も入って「光美(みつよし)」という芸名の品田さんと判った。
私の父は「内田光芳」 彼は「品田光美」ただもうそれだけで親近感を覚え、急速に親しくなった。

別れ際に私の手を取り、自分の手を当ててパワーというか気を送りますと。
不思議なことに手がポーッと熱を帯びてきて温かくなってきた。いやぁこんなことってあるんだなぁ。

「あなたとは波長が合うんですよ。」
必ずまた会いましょうねと、固く約束して握手しながら美術館の玄関先で別れた。

中之沢美術館での出会いのご縁をきっかけに、手紙と指恋(メール)が始まった。私の聴覚障害を理解したうえでの配慮はほんとうにありがたかった。

今の世の中、珍しく手書きの手紙をまめにくれたり、メールも多く受信している。手紙ほど人のぬくもりを伝えるものはないと、二人の共通する思いだった。


つづく。

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2011.06.28 Tue l オマージュ l コメント (0) l top
横浜市 Iさんの書いた ”品田光美さんへのオマージュ”ご本人より、掲載の許可をいただきました。


品田光美さんへのオマージュ(その5)
いきなり 「音楽は好き?」と言われ、即 「大好きです」と答えたので音楽談義が始まった。私は生まれつき耳が不自由なので、聴力のある今のうちにせっせとCDを聴いて愉しんでいると話す。

すると 「ちょっと待ってて」 と言いながら、近くに停めてあった車のトランクから何やら楽器を持ってきた。ケースから楽器を出すのをみて 「あれっ? サキソフォンですね」 と言ったら 「これはねデジタルフォンというんだよ」と。

初めて見る楽器で確かカシオ製だった。この時彼がミュージシャンだと判った。「何でも演奏しますよ」 というので、すかさず 「浜辺の歌」をリクエスト。すると彼が驚いて 「これは僕の18番でとても好きな曲なんだよ」 と。

偶然にハワイのピアニスト、レネ・パウロの「浜辺の歌」 のCDを手に入れたばかりで、しっとりとした叙情歌のこのメロディが好きで、パッと題名が浮かんだのだった。


つづく。

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2010.06.21 Mon l オマージュ l コメント (0) l top